ALifeとVRの交差点──バーチャルリアリティで「心と意識」の謎を読み解く

具体的には、VRでどういうことが可能になるのでしょうか?

VRというと今はゲームやエンターテイメントに活用されることが多いと思いますが、僕の興味は現実世界で起きる「ちょっと変な体験」をVRでいかに再現するかというところにあります。

「自己」にはいろいろなレベルがありますが、「ひとつの身体をもつ存在」としての自己をVRで操作する研究が、すでに行われています。たとえば体外離脱や幽体離脱体験。古くから「幽霊の仕業」や「アストラルボディ」などの疑似科学的な言い方ががよくされてきましたが、幽体離脱体験は実際には脳に起因する現象であり、脳卒中などによる脳機能障害や、脳への電気刺激で引き起こされることが報告されています。

たとえば、HMDを付けて自分の後ろあるカメラの映像を見る。つまり、目の前に自分の背中が見えるという状況を考えてみます。ここで誰かが背中を触ることで、「自分の身体感覚が目の前にある身体に移る」という体験が起きることがわかっています。これは幽体離脱体験をVRで再現した研究の1つで、「自分の背中が触られている感覚」と「触られている自分の背中を目の前に見る」という自分の体にかかわる2つの感覚が同期することで起きる体験です。

こうした「VRを使っていかに身体感覚や意識を研究するか」という分野自体、人工生命と同じくらい新しい分野です。藤井研にいた頃からこの分野に飛び込んでいますが、「つくって理解する」という人工生命の研究で培った構成論的アプローチを使い、何かがおかしくなっている状態の意識を人工的に再現することで意識のメカニズムを理解することに近づけるのではないかと考えています。

VRを用いた身体感覚の研究の一つであるラバーハンド錯覚の実験[1]。被験者本人の心臓の鼓動をVR上の手の3Dモデルに投影することで、自分の手である感覚が高まることがわかった。

メカニズムがわかれば、何か症状の改善につなげることができるかもしれない。幻肢痛なども、身体の幻覚ですよね。

幻肢痛はもともと「ミラーセラピー」という鏡を使った治療法があります。それと同じものをVRを使ってやるという可能性はあるでしょうね。

ただ、応用は先にあるとして、僕の興味はまずはどうメカニズムを理解するかというところにあります。たとえば統合失調症の人は自分と他者との区別が曖昧になってしまうといいますが、どうしてそんなことが起きるのか? それをシミュレートするのは難しいところですが、「脳が壊れる」「意識が壊れる」ときのメカニズムを探ることはできるはずです。

ほかにも、普通の健康な人は自分の膝を動かしたときには「自分の膝を動かしている」と感じますが、統合失調症では「エイリアンハンドシンドローム」といって、自分の意志とは関係なく手が動いてしまうという症状が知られています。また幻聴というのは、自分の内なる声が「誰かの声」のように聞こえる現象だと考えられています。そういう自己と他者の境界が変わってしまう現象というのは興味深いです。

「自己」と言うとき、僕らは何となく身体の中に閉じ込められ”たただひとつのもの”と思いがちですが、そもそも自己や意識はもっとフレキシブルで伸び縮みするものだと僕は考えています。そうした自己の在り方を、VRを含めさまざまな方法で研究できたらと思っています。

鈴木 啓介 Keisuke Suzuki

サセックス大学のサックラー意識科学センター(SCCS)リサーチフェロー。 最先端のバーチャルリアリティと機械学習の手法を使用して、身体的自己、幻覚、知覚的存在など、人間の意識のさまざまな認知神経科学分野の研究をしている。(出典;https://www.researchgate.net/profile/Keisuke_Suzuki3)

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