ALifeとVRの交差点──バーチャルリアリティで「心と意識」の謎を読み解く

鈴木さんは今、どういう研究をされているのですか?

最近の研究では、2017年に「ハルシネーションマシン」という幻覚体験をつくるVRシステムを発表しました[2]。VRの中で人工知能がつくった幻覚を見ることができる機械です。人間の脳のつくりを見て幻覚をつくるのではなく、人工知能とVRを組み合わせて新しい体験をつくってみよう、そこから何かわかることがあるのではないかというコンセプト的なアプローチです。

何もないところに立っている人が見えたり、動物が見えたりと、精神障害などのいろいろな状況下で見える視覚的な幻覚を、VRでつくってしまうことで理解する試みは、工学的なアプローチといえます。心理学や神経科学をやっている人たちからは、出てこない発想かもしれません。

人工知能アルゴリズムで生成された幻覚をVRゴーグルで体験できるハルシネーションマシン[2]。アルゴリズムで人工的に生成された映像にも関わらず、実際の幻覚体験と類似している。

ハルシネーションマシンで、人が描いた絵ではなく、人工知能が描く絵を使ったのはなぜでしょう?

今、人工知能と呼ばれているのはディープラーニング(ニューラルネット技術の1つ)ですが、基本的には人間の脳のニューロンとニューラルネットは全く別物です。人間の脳をモデル化しているけれど、人間の脳と同じ構造ではない。脳のニューロンをそのメカニズムを保ったままコンピューターでシミュレートすることを目指すプロジェクト「Blue Brain」とは異なり、人工知能分野で用いられるニューラルネットはパフォーマンスが出ることが目的であり、生物の脳には似せようとはしていない。

これは鳥と飛行機の関係と同じです。形は似ているけど飛ぶ仕組みは全然違う。人間は鳥を見て鳥と同じものをつくるのではなく、「飛ぶ」という根本原理を理解した上で飛行機というものを実現しています。生命と人工生命、知能と人工知能も同様です。そしておもしろいことに、人間に似せようとしなくても、いろいろな分野で人間を超えるパフォーマンスが出始めているんです。

CNN(Convolution Neural Network:畳み込みニューラルネットワーク)を使った「Deep Convolutional Network」はすでに人間と同じか、それ以上の精度で画像を区別できます。2014年にグーグルのエンジニアが、これを使って画像を描かせる手法を開発して発表しました。この「DeepDream」が作り出す画像は、リアルだけど何かがおかしいという、いわゆる変性意識体験に似た印象で、それがすごくおもしろい。人工的につくったニューラルネットと人間の脳を比較する、脳の情報から人間が何を見ているかをディープラーニングを使って再構成するといった研究も始まっています。これらの技術を使って幻覚をVRでつくったら、本当の脳からつくったものではないけれど、ある程度人間の幻覚体験に近いものができるのではないかと考えたんです。

VRの中でつくったのは、それを実際の経験として「中にいる」という感じをつくりたかったから。映像で見ているのと、幻覚体験の中にいるというのはやっぱり違います。たとえばここにカップがありますが、それが突然犬の顔に見えてしまう患者さんがいたとします。その体験をVRでつくることで、ほかの人たちが彼らの体験をリアルに感じられるようになる。研究によって現象のメカニズムを理解しようという目的もありますが、僕がやろうとしているのはあくまで「非実在のものでいかに実在性をつくるか」ということなんですね。

鳥を見て、空を飛ぶマシンをつくれないかと考えた人たちが昔いたように、ある生命現象があったときに、それをいかにコンピューターに置き換えるか。そういうことを通して意識や心の謎を理解したい。こうした構成論的なアプローチを好むのは、人工生命の分野から来た人の特徴なのかなと思います。

人工生命の研究で培った部分がやはり今の研究にも影響を及ぼしているということなんですね。

人工生命の研究で最も学んだことは、どういうふうに生命や現象を見るべきかという哲学や考え方です。これはVRに領域を移してから気がついたことですが、人工生命の一歩はまず「生命と心を一緒のものとして捉える」ことがある。心とか意識を、生命現象の一部として考えるということです。

僕ら日本人にとっては、そう考えるのは自然なことだと思います。魂は人間だけではなくて動物にもあると思っているし、人間の心と動物の心を区別することはありません。しかし近代科学の始まった西洋では、人間の心は動物とは全く違うという考え方が一般的でした。だから人工生命という学問自体、西洋の心理学が長年築いてきた人間観に対するアンチテーゼ的なところがあるんです。

今、人工知能やコンピュータサイエンスの分野で研究している人たちは、意識や生命に対してそういった従来のバイアスがない状態で研究を行っていると思います。意識の研究をしているのに、気がつくと生命の話になっているのはおもしろい。人間の意識を特別なものと見ないで、普遍的な生命現象のひとつとみなすことで心の謎を理解していく──そういう視点を、もっとみんなと共有していきたいですね。

[1] K. Suzuki, S. N. Garfinkel, H. D. Critchley, and A. K. Seth, “Multisensory integration across exteroceptive and interoceptive domains modulates self-experience in the rubber-hand illusion,” Neuropsychologia, vol. 51, no. 13, 2013. https://www.nature.com/articles/s41598-017-16316-2
[2] K. Suzuki, W. Roseboom, D. J. Schwartzman, and A. K. Seth, “A Deep-Dream Virtual Reality Platform for Studying Altered Perceptual Phenomenology,” Sci. Rep., vol. 7, no. 1, p. 15982, Dec. 2017. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393213002789

鈴木 啓介 Keisuke Suzuki

サセックス大学のサックラー意識科学センター(SCCS)リサーチフェロー。 最先端のバーチャルリアリティと機械学習の手法を使用して、身体的自己、幻覚、知覚的存在など、人間の意識のさまざまな認知神経科学分野の研究をしている。(出典;https://www.researchgate.net/profile/Keisuke_Suzuki3)

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