創作小説 “The Two Agents ふたつのエージェント II. ウシガエル” / 小川哲

ALifeエージェントがぼくらの価値観や意思決定に 影響を与えることになったとき、社会は、人々の生活は、いったいどんなふうに変わっていくのだろう?作家・小川哲が今回の研究テーマから想起して綴る、ALifeの未来と実現するかもしれないシナリオ。

小川 哲

PROFILE

ウシガエル

「困ったな」
森原さんが言った。森原さんは、吉柄市がまだ吉柄村だったころからここで農業をしている住民だった。
「安野さんに相談してきますね」と私は答えた。安野さんというのは吉柄市役所環境課の課長だった。森原さんは「頼むよ」と言って、田んぼに仕掛けた網を引いた。網の中に、大量のウシガエルが蠢いていた。
「昔はウシガエルなんていなかったんだけどな」
「人が増えると、こういうことも起きるんですね」
ウシガエルが増えたのは最近のことだ。3 年前に誘致した研究所の実験体が逃げだして、繁殖したのではないかという噂だったが、本当のところはわからなかった。ウシガエルは大型で貪欲、それに加えて雑食で環境変化にも強く、吉柄市の在来種だったトンボやメダカなどを、あっという間に全滅させてしまっていた。農家の森原さんもウシガエルに頭を悩ませていたひとりで、なんとかして駆除できないかと頭を抱えていた。
「いや、あんたには感謝してるよ。若い者も増えたし、ここも賑やかになったからな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
私は市役所へ向かうために、森原さんに背を向けた。

私が吉柄村の町おこしを始めたのは7 年前だった。それまで人口が1,200 人で、コンビニすら存在していなかった吉柄村は、7 年間で38,000 人まで人口を増やした。今では8 つのコンビニだけでなく、大型のショッピングモールまでできた。1 週間前には、3 年後に開通する私鉄新路線の急行が停車することが決まっていた。
私にとって町おこしは初めての経験だったが、これほどまでにうまくいくとは思ってもみなかった。
最初はSNSだった。
私は新卒で入社したコンサルを早期に退社し、起業して「Cross Talk」という新しいSNSを公開していた。
「Cross Talk」は、写真投稿と文字数制限つきのコメント機能、登録できるのは実名アカウントのみというSNS で、良く言えば当時流行っていたSNS の長所を足し合わせたサービスで、悪く言えばパクリだった。それなりに勝算もあったし、優秀なエンジニアも揃えていたが、「Cross Talk」のユーザー数はなかなか伸びず、いつまでも赤字は解消されなかった。
資金が尽きようとしていたころ、私は最後の悪あがきとして、ダメ元で都市社会学の研究室で人口理論を専攻していた小松淳にメールを送った。「Cross Talkのユーザー数を増やしてほしい」という依頼だった。
自分の仮説を立証したいと考えていた小松にとって、その依頼は渡りに舟だったようだ。小松は最新の知見をSNSに応用できると考えた。
当時のビジネス系ニュースサイトのインタビューで、小松は「例えば東京です」と答えている。

「日本の人口が減少しても、東京の人口は増え続けました。人間は、人間のいるところに集まる習性を持っているからです。それと同じで、SNSも一旦人が集まれば、さらに人が集まってきます。過疎化したCross Talkを復活させるためには、まず人を集めればいい、と考えました」
小松はエンジニアと共同でボットの開発を始めた。「ただのボットではダメだ」と小松は言った。「ユーザーがタイムラインを見て、30 分以内にボットだと見破られるようなアカウントでは意味がないんだ」
様々な試行錯誤の末に、30 分以上持ちこたえられるボットのアカウントが完成したのは、それから1 年後だった。小松が作ったスパムの特徴は、それぞれのアカウントにライフヒストリーを持たせる点にあった。他のSNSサービスで収集したデータからそれぞれのアカウントに架空の人生を設定し、その架空の人生に沿った傾向の投稿を行った。ネット上の画像を自動で加工し、それをプロフィールにしたり、定期的に投稿したりすることもできるようにした。
私たちは、そのボットに自動生成機能をつけて、「Cross Talk」に放流した。
効果が出たのは、半年後だった。減少を続けていた「Cross Talk」のユーザー数が、徐々に増え始めた。小松が驚いていたのは、ユーザーの多くがボットの存在に気づいていることだった。つまり、ユーザーたちは「Cross Talk」の投稿の多くがボットであることを知りながらも、投稿数が多いという事実だけでサービスを利用していたのだった。
成果に満足した小松は、この技術を町おこしに使うことができると考えた。これまで、都市の発展において最も重要なのは「立地」だとされていたが、小松の理論ではそうでなかった。
「立地よりも、賑わいが重要だ」と小松は言った。「人が集まっていれば、自然と他の人も集まってくる」小松は人口の減少に困っていた神奈川県の吉柄村と手を組むことにした。吉柄村は最寄りの駅まで徒歩圏内だったし、都内へのアクセスも悪くなかった。
吉柄村の人口が減少していた理由が「賑わい」にあると、小松は考えた。
「でも、実際の村おこしとなると、用意しなきゃいけないのは実際の人間だ。SNS みたいにボットで済ませるわけにもいかない」
「いや、ボットでいいんだ」と小松は答えた。「それなりに人間っぽく見えれば、それで十分」
小松はAR技術を使い、吉柄村の中を行き来する「群衆」を作ることにした。
吉柄村にやってきた人は、ARグラスを渡される。画面の中では、シンプルなアルゴリズムによって規定された多くの「ボット人」が村の中を歩いている。彼らとは簡単な会話もできるし、それぞれには「Cross Talk」から転用した架空の人生が設定されている。だが、少し話をしただけで、彼らがボットであることはわかってしまう。正直言って半信半疑だった。たしかに、誰もいない 村に比べれば、なんとなく賑わっているように見えた方がいいかもしれない。だが、その賑わいは虚構だったし、その虚構はすぐに暴かれてしまう。「Cross Talk」がうまくいったのは、あくまでネット上のサービスだったからなのではないか。私はそう考えていた。
私の心配をよそに、吉柄村の人口は増え続けた。町おこしを始めてから半年後には、空き家となっていたマンションがいっぱいになり、新たなマンションの建設が決まった。
「むしろ、実際の人間よりもボットの方がいいんだ」 小松はそう言った。「ボットは疲れない。食料の心配もない。どんな環境でも生きていける」

ボットによる「偽の賑わい」は、いつの間にか「本物の賑わい」になった。だが、住民たちの一部はそれでもARグラスを装着し続けていた。彼らはボットを必要としていたのだった。吉柄市の成功を受けて、いくつかの自治体で同じ試みが始まっていた。報告を受けている限り、どの自治体でも順調に人口が増えているようだった。

本社の高木から電話が来たのは、ちょうど市役所の入り口に着いたときだった。
「マスコミからの問い合わせが殺到しています」と高木は言った。
「なんで?」と私は聞き返した。
「ネットのニュースを見ていないんですか?」
「見てないよ。今、吉柄市の視察をしてたんだ。ウシガエルの問題でね。このあと市役所の人と話をしなきゃいけない」
「ウチのボットが暴れ始めたんですよ──」
高木の説明によると、以下のようだった。「Cross Talk」のボットが様々なSNSでアカウントを自動生成し、増殖したらしい。そのせいで、大手のSNSが機能不全に陥り、もともと登録していたユーザーが急激に離れているという。自動生成の繰り返しと淘汰の結果、架空のライフストーリーの質が上がり、もはや人間が手動でBANしようにも、本物か偽物かわからなくなっている。調査の結果、アカウント作成時のスパム検知機能が厳重な一部サービスを除いて、多くのサービスがボットに乗っ取られていることが判明した。精巧なボットアカウントの一部はフィッシングサイトへの誘導や株価の操作を行っており、ダイレクトメッセージのやりとりから個人情報や写真を入手して恐喝しているアカウントもあるという。ウィキペディアや投稿型のニュースサイトの記事も、かなりの数がボットによって編集されていることが判明した。
そして、それらボットの出所が、「Cross Talk」だったことが明らかになったのである。
「どう対応するか小松に聞け」と私は言った。「技術的なことは、全部小松が知っている」
「連絡が取れないんです」と高木は答えた。「それで自宅に行ったんですが、すでに引き払われていました」
「本当か?」
「本当です」
私は「市役所の人と話をしてから、今後のことを考えよう」と言った。「そんな場合じゃないです」と泣きそうな声で口にした高木を無視し、私は電話を切った。

小川 哲 Satoshi Ogawa

作家。2015 年『ユートロニカのこちら側』でデビュー。17 年の『ゲームの王国』で第 38 回日本 SF 大賞、第 31 回山本周五郎賞を受賞。『S-F マガジン』や『Forbes JAPAN』、『Pen』など雑誌への寄稿も多数。

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